キャロリーヌ

モントリオールのことを書いていてキャロリーヌのことを思い出した。

 

私がモントリオールについたのは11月下旬だった。見渡す限りすべてが雪に覆われ、滑り止めのために通りいちめん塩が撒いてあった。北海道から来た人は知っていたのだが私はそんなこととは露知らず、日本から履いていった黒の革靴は粉をふいてしまった。お気に入りのおしゃれな靴だったのに残念なことをした。

 

街の中心にある私が通う語学学校では英仏の2か国を学ぶことができた。授業はすべて英語かフランス語で、6人ほどのクラスを文法と会話の先生がふたりで担当していた。私のフランス語クラスの先生のひとりがキャロリーヌだった。きっと私と同年代の20代でスラッと背が高く、金髪でショートカットの美人だった。

 

大学の第二外国語でフランス語を学んだ私は、教育テレビでもテキストを買って毎回勉強していたから、意味は分からなくても読むことはできた。それをとても不思議がられた。ただまだ口から言葉は出てこなくて、クラスメートもきっと私が恥ずかしがりやだと思っていたに違いない。

 

文法の授業で「化学」と「細身」を同時に習った日、授業のあとでカロリーヌに「あなたは化学ね」と言ってきょとんとされた。「あなたスリムね」と言いたかったのに間違えてしまったのだ。それがきっかけで私たちは仲良くなった。

先生といっても先生然とした人はおらず、生徒にも社会人がたくさんいて、中には70歳の神父さんまでいた。

皆がフレンドリーで、和気あいあいの国際的な雰囲気が学校全体を包んでいた。校長の奥さんは中国人でフランス語はわかるけど話すのは英語オンリーだった。

戦時中の体験を語るフィリピン人、有名自動車メーカーに勤める父を誇りにしている若い韓国人、一家で永住を目的に渡ってきたベトナム人、農園主の金持ち子息令嬢のメキシコ人、カリブ海で新婚旅行中に強盗に兄を殺害されたカナダ人などいろんな人が学校にいて、いろいろな体験話を聞かせてくれた。

 

そんな中で私は言葉が出てこないもどかしさからある日、悔しくて悲しくて涙が溢れてきて止まらなかった。

ベッドでホームシックに泣くことはあっても、授業中に泣いてしまうなんてまったくの大失態だった。

キャロリーヌはわたしを抱きしめ、背中をさすってくれた。クラスの皆が言葉がが出てくるのは時間の問題だから、ホームシックなんだねと慰めてくれた。

キャロリーヌが翌日私にスクラップブックをくれた。中には私が好きなスイーツの写真やらレシピに、モントリオールのおすすめスポットの写真も貼り付けてあった。

いつの間にこんな素敵なプレゼントを用意してくれたのか尋ねると、昨夜ボーイフレンドと一緒に一晩で作ってくれたらしい。感動しまくりでまた涙がこぼれ落ちた。

 

その後しばらくして人員削減のために彼女は学校を去って行った。

大切なものを引っ越し前に日本に送っておこうと、期限切れになったパスポートやそのスクラップブックも入れて小包で送ったのだが、数週間後に段ボールだけが中身紛失のメッセージと共に私のもとへ送り返されてきた。

 

キャロリーヌとの出会いは、一期一会の大切さを教えてくれる素敵な出会いだった。